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ふなぞこを見るのに知っているといいかもしれない事(5)
海峡を渡る鹿
北海道に住むエゾ鹿が津軽海峡を泳いで渡っている、らしい。青森県では絶滅したとされる鹿が近年見つかっている。これは北海道のエゾ鹿が海上を移動したという説が有力。また、古来から鹿の海上移動についての目撃談は多い。d_30.jpg
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ふなぞこを見るのに知っているといいかもしれない事(4)
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岸壁の母
昭和29年、菊池章子のヒット曲。後に浪曲師の二葉百合子も歌って大ヒットとなっている。
戦後、ソ連によってシベリアに抑留された日本人の帰還が始まると舞鶴港には息子の帰還を待ちわびる母親の姿が見られた。この母親の姿をモデルに作られた曲。中には最長11年も収容所生活を送った者もいた。また収容所での過酷な生活で死亡した者も多かった。
ふなぞこを見るのに知っているといいかもしれない事(3)
青函連絡船
JRが国鉄と言った時代、青森と函館を結んだ国鉄の航路。所要時間5時間(後に3時間半に短縮)、船舶に国鉄車両を丸ごと積んで往来した。昭和63年3月青函トンネルの開通で通常運行は廃止、その後6月から9月までの復活運行が行われたが、9月19日をもって完全に廃止。一部の船は博物館として青森港に係留されている。また、青森港や函館港には案内表示や可動橋痕など当時の痕跡が残っている。国鉄自体も相前後して分割民営化、JR5社が誕生した。
ふなぞこを見るのに知っているといいかもしれない事(2)
昭和63年(1988年)
いわゆるバブル景気は昭和60年(1985年)のプラザ合意による円高から始まった。バブルがはじけたのは平成4年(1992年)、つまり昭和63年はバブルの真っ盛り。企業業績は上がり株価は高騰、余った金で企業が不動産投機に走り、「地上げ」「土地転がし」が横行。就職も超売り手市場で、就職試験解禁日には内定した学生を集めてホテルやリゾート地に「囲い込み」が行われた。仕事も遊びもバリバリこなすサラリーマンの必需品は栄養ドリンク。「24時間働けますか」「5時から男」などのキャッチフレーズが流行語に。70年代後半からはやっていたディスコはこの時代巨大化、内装や設備のゴージャス化を競うようになる。そんな中六本木のディスコ、「トゥーリア」で巨大な照明装置が落下して死亡者が出る事故も起こる。またこの時代、小劇場ブームがピーク。夢の遊民舎、劇団300、第3舞台などの役者がマスコミにも登場し出す。
一方、昭和天皇の容態が9月に重篤になり、新聞には毎日ご容態が掲載された。歌舞音曲の自粛が求められ、中日ドラゴンズの優勝パレードが中止になったりした。
 
 
ふなぞこを見るのに知っているといいかもしれない事
「ふなぞこ」は昭和29年の青函連絡船上と昭和63年の撮影スタジオが舞台のお芝居です。
出て来る風俗、事件などちょっとだけ解説します。(せっかく色々調べたし・・・)

洞爺丸事故
昭和29年9月26日の台風15号で青函連絡船洞爺丸が沈没し、死者・行方不明者は1155名に上る海難事故。当時は気象衛星もなく一時風雨が収まったのを台風の目が通過と判断を誤ったことや、可動橋の停電による停止で出港がおくれたことなど不幸な状況が重なって函館出航後数時間後に座礁、転覆する。台風15号はのちに洞爺丸台風と呼ばれる。
この事故に構想を得た作品に水上勉「饑餓海峡」がある。
copyright © 2017 てんぷくプロ第38弾「トランジット・ルームⅱ」への道 all rights reserved.
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